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八月三十一日 [いのち]

エアープランツを百均で買った。この植物をはじめて知った時は驚いた。南米やメキシコなどの乾燥地帯で空気中の水分を摂取して生きているという。
何より根がないような植物の形が面白い。中央のエアープランツの名はメドーサ。あの頭に多くの蛇を宿したギリシャ神話の魔女の名だ。

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昭和4年湘南大磯でまた水飢饉。東海道沿線で砂塵蒙蒙、隣町の平塚から一桶10銭で水を購入。水不足がいまも続いていたら、この街はエアープアランツだけの街になっていたかもしれない。

昭和6年東小磯別邸の李王殿下、江ノ島へドライブ。同行者に梨本宮から入籍した正子王妃はいたのだろうか。義妹の徳恵姫はその頃どこにおられたのだろうか。



八月三十日 [花]

千日紅の花

別名    
      ゴ ン フ レ ナ

 達磨草  ダ ル マ ソ ウ

 団子花  だ ん ご ば な

千日坊主  セ ン ニ チ ボ ウ ズ

      ストロベリーフィールド

      Dacherlor's button

どれも的確なネーミングだ! 好きなのは千日坊主。

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八月二十九日 [雨]

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今朝も涼しい朝を迎えたが、少しだけ蒸しています。湿度は77%で気温26度C。
ワイパーの水滴シリーズが続きます。植物ワイパーという赤瀬川原平さんの言葉をおもいだした。正確には植物ワイパーの命名者は違う仲間かもしれないが、トマソンシリーズの都市や旅での発見は好きだった。線路ぎわの崖にいま頃は、葛の葉が茂り放題でその垂れ下がった葉が大きくワイパーとなって同心円の擦り跡を残している。幾つもの同心円を描く植物ワイパーは、風の過ぎ去った時間を教えてくれる。叩きつけるように滑るように葛の葉をつけた蔓が軌跡を描く。
そういえば子どもの頃、陣取りゲームという遊びもあった地面に一メートル四方の四角い枠の線を釘などで描き、じゃん拳でコーナーから自分の掌をワイパーにして弧を描く、コーナーから弧で描いた面積が自分の陣地になった。掌をワイパーのように精一杯伸ばして弧を描く。
何か自分も植物ワイパーの気持ちがわかったような気がした。植物は自分の意思で弧を描いているのではないのだが、どこか遠くへ自分の命の触手を伸ばそうと風に揺れている。ワイパーの動きで感じた事。逃げる水滴の事。何かじっと見つめました。



     ワイパーの角度の先にまた秋うまれ      ムオン



   

八月二十八日 [雨]

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雨という字に、フロントグラスを流れる雨の雫を見ながらなんと素敵な字だと思う。
雲が立ち込め雨滴が空から落ちてくる。水たまりには雨滴が同心円で広がっていく。
雨だれはショパンの香りとい曲は、誰の曲だった28年お経か。彼女の名は思い出せない。確か?。

確かなのは雨が流れるその時間。流れる時間を止めたのはカメラのレンズか。自分なのか。


昭和6年の今日、湘南照が崎海岸で素人相撲大会。優勝力士は誰だったのか。
昭和28年の今日、西武鉄道が大磯ホテル開業。のちに大磯ロングビーチを経て、大磯プリンスホテルとなる。
昨日ご近所の100歳になるご老人から聞いたお話。彼が小学生の頃東京深川で育ったというが、原っぱが多く夕方になると小石にボロ布を巻きつけ、空高く放り投げたという。小学生の頃の話だというが、昭和の初期の頃の話か。空にあがった小石には蝙蝠が抱きつき地上に落下してきてそれを捕まえるのが面白かったという。

その話で四国地方では、女性の長い髪の毛を小石に結わえて、空に放り上げトンボを捕ったという話を思い出した。最近は我が家付近で蝙蝠や、トンボの姿を見かけなくなった。
飛び交う電磁波や、生態系の変化、環境変化が影響しているのだろうと感じます。
100年ほど前の東京で気温35度以上の日が、50年間の記録で12日しかなかったのが、近年の40年間で142日の10倍になっているという記事を見た。温暖化がビジネスと自然環境へ大きな影響を与える世界。空恐ろしくなる。

知人の建築家の方と話をしていたら、最近の高気密住宅に関しても温暖化からの環境対策が盛り込まれているのではないかという話になった。宇宙船の設計や環境のような住宅の傾向を憂いている自分には、何か火星への移住計画の実験を人類は取り始めているのではと、思うような荒唐無稽の構想が頭をかすめた。

窓を開け自然の換気が贅沢にできないような、都市型環境の時代。
好みではないけども、どうでしょうか。



        秋雨の雫飛び散る五光年       ムオン





八月二十七日 [山]

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東北は花輪線の湯瀬温泉駅の朝、2時間に一本の時もある時刻表に少しだけ驚いた。自動車やバスがこの地域の足なのだろうか。道路を行き交う車には出会っても、夏場のせいか人の姿はめったに見かけなかった。限界集落の全国に多くなっている状況を思い浮かべた。3両編成の車両が、とても頼もしく見えた。故郷とは何か頭で考えた。駅前を老人と離れた距離を歩き振り返る姿のみの子犬がいた。雨の関東に戻り車のフロントグラスを流れる雨滴が妙に美しかった。






           秋雨の流れゆく先 明日があり     ムオン





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八月二十六日 [かたち]

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奥州は角館の武家屋敷の井戸から、釣瓶のシルエットが何か気にかかった。この角度は釣瓶のo付いて落ち付いている角度でもあるのだろうか、何か気にかかった。水差しの水を注ぐ一歩手前の角度でもあるような緊張感。刀を構えその静止した息の詰まる角度でもあるような。井戸の水がどのくらいの深さか覗かなかったが、塀の脇を流れる透明な水のように綺麗な水が井戸にもあったのだろう。ミョウガの葉が茂り根元に薄黄色のミョウガの花が見事に群生し咲いていた。
角館は枝垂れ桜が有名。木の枝が地面の通りまで垂れ下がり地上をするように葉が茂る光景が美しかった。


   


    桜葉や夏の地を這う 角館            む お ん




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    みずすまし蒼き夏ゆく紳士哉       muon





八月二十五日 [人]

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奥州平泉の中尊寺境内の松尾芭蕉像。月見坂の表参道を辿り、金色堂の奥にその人は立っていた。俳諧とは俳句の前に言われていた姿、連歌の中の発句が俳句として独立して現代に至ったのだそうだが、俳諧や俳句の「俳」とは、わざおぎと読み、俳優の俳でもあり、人に非ずというそのカタチが何か凄まじい。俳人芭蕉翁は、旅に病んで枯野を駆け巡った。野分の風がふさわしくその辺りに吹き始めた日の撮影です。




 黄金の野分の風も御堂より  むおん





八月二十四日 [願い]

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奥州平泉の中尊寺境内にて、小さな山門をくぐりその山門の梁に小石が載せられていました。
多くの人々が何を願い何を祈りながら石を積んだのか。はっとさせられる光景でした。
願いが届きお礼参りに来られる方もいるでしょう。願いが叶わぬ時でもまた人は何かに願いを託すのでしょう。小石たちは支えあうように身を寄せ合っている人々の姿にも見えてきました。
ある夏の日の、小さくおおきな光景です。


心積む石の数ほど虫の声  むおん


みちのくの夏の門ぬけ石を積む  無音


ねがい積む夏の空へと願い積む   ムオン




八月二十三日 [人]

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八月二十一日
奥州平泉の中尊寺に行ってきました。参道にて、出会った青年。すれ違い思わず振り返ってシャッターを切りました。その容姿が其処の場の雰囲気似合いすぎていたからです。
武蔵坊弁慶のような、又は主君源義経その人の生まれ変わりのようなきりりとした気配が、彼の周りに漂っていました。白いタックトップと腰に巻きつけた小紋柄のシャツが見事にな佇まいを感じさせたのです。花道を歩くように去っていった彼の姿が今でも印象的に脳裏にあります。
旅での一瞬の光景、いいものです。


明治22年から42年に渡る20年間、湘南大磯町協議日取調書の記載に、「風祭り」とあり、高麗山地区の行事として、農作物の豊穣と加護を求める幻の行事があったようだ。祭日は8月23日。祭りの片鱗とか古老は知らないだろうか、風の祭り、良き響きだ。神奈川県小田原の箱根登山鉄道駅名に「風祭」という名の駅がある。かざまつり と呼ぶ。


     鳥羽殿へ五六騎いそぐ野分哉       与謝蕪村



     風祭六根清浄天に地に          五十野無音



     呪う人は好きな人なり紅芙蓉       長谷川かな女





八月二十二日 [山]

大正15年の今日、湘南大磯で自動車の水売り大繁盛。自動車の水タンクはどんな姿だったのか。水はどのようにして売ったのか。買ったのか。当時は氷屋さんもあったのだろうか。真夏の空の下の水売り。雨が降らずに井戸の水も枯渇したのだろう。カキ氷の旗がはためく大正の夏。

みちのくの旅をしてきました。しばらくは旅の印象から書き込みます。
八幡平の池 平成27年夏。
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みちのくの濃き夏の奥に光りみる     無音






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