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九月三十日 [写真]

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明日から十月早いものです。暈けた青が美しいと思ったら、ゴミ箱に使用中のイタリアの桶。金属製の光が惚てもシャープでも美しい。年老いてこんな具合に惚けたいものだ。






















              蒼き静寂を秋に撮る  むおん
















九月二十九日 [本]

紀伊国屋書店が取次店を経ないで独自の販売手法を試みたという。一般に返本率40%で書店の利益は、定価の20%だという。取次という大きな出版業界の仕組みが大きく崩れていっているのだろう。アマゾンという強敵も最初は、本の配送というリアルな世界で大きな壁を抱えていた。
リアル書店頑張れと言いたいが、今後は作者から直接本をダウンロードできる直結した世界が訪れるのだろう。間にあったものが消えていく社会。複雑化した世界が、よりシンプルな手渡しの世界へと繋がっているんじゃないかと思うのは自分だけなのか。黄金の田んぼで赤とんぼの番いが繋がっていた。極自然な光景なのだろうか。精巧な神の仕組みを感じてもしまう。

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    赤とんぼ赤を取っても宙にあり       ムオン







昨日詩人の谷川俊太郎さんの言った話を聞いた。詩の朗読会で詩人に、若い母と娘さんが、「原発の事を詩には、谷川さんは書かれないのですか」と質問したら 「僕は詩人だから書きません。原発の事は政治家の仕事です」と答えたそうで、会場にいてこれを聞いた人は子供に何処までこの内容がわかるか苦しんだという。私は思う母娘が詩人とは何か?この言葉で一生心の片隅に記憶されたらいい話だと感じた。ある日詩人は「言葉なんてチャチなものです!言葉以前の世界がこの星にはずっと長く続いてきたのですから」その言葉が身にしみた。その通りだ。言葉がない時代の世界、もっと大事な世界だった。赤とんぼの言葉を聴いたみたい。  

九月二十八日 [月]

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月影という言葉が気になった。最近のデジカメは夜景も美しく撮れる喜び

つき‐かげ【月影】
1 月の形。月の姿。月。《季 秋》「―をくみこぼしけり手水鉢/立圃」
2 月の光。月のあかり。月光。「淡い―」
3 月光に照らされて映る人や物の姿。
「ほのかなりし―の見劣りせずは、まほならむはや」〈源・橋姫〉
月光や月明かりを、月影と呼ぶ日本語の美しさ
影を光に変えるマジック
闇こそ光の源なのだ
影という言葉には、ひっそりと光が満ちている



             











             太陽に未来 月とは過去語る   西出楓楽  







昨夜は良夜 中秋の満月が走りゆく雲の上に望めた
無月もいいが 光の月もまた格別だった
今夜はスーパームーンで地球に最も近ずく大きな月が観れるという







           玄関に水打ってある良夜かな  山本丘人





我が家も、打ち水を今夜は玄関にすれば、月からの使者が訪れるかもしれぬ
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九月二十七日 [花]

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テレビでハンガリーの国境を越え、ドイツに向かう難民の人々へ食糧を頭上から投げ与えているような映像が流れているのを観た。前後の状況は判らないのだが、はっと二つのエピソードが頭の中に浮かんだ。戦後間もなく進駐軍という占領国日本を統治していた彼らがいた時代。進駐軍のいる基地で働いていた元日本帝国陸軍軍人の男性から聞いた話。基地の食堂ではハンバーグがランチの日、空飛ぶハンバーグが見られたという。それはコックがフライパンから焼きたてのハンバーグを、行列している日本人が持つ皿にほうり投げる、空飛ぶハンバーグの光景だったという。その話を聞いて自分は粋なチャップリンの映画のシーンのように思っていた。皿を持つ当事者ではなかったから。話をした元軍人は、或る日ハンバーグを皿に受け損ね、床に落としたという。彼は苦々しく床の上のものを足で踏み砕き、直ぐさま米軍将校に抗議をしたという。「食べ物を餌のように投げるな!」次の回から空飛ぶハンバーグの光景は無くなったという。

二つ目の光景は、あるアパレル会場のバザーでの話。当時の日本で大流行だった商品が格安でバザーの会場に並んだ。バザーのお客さんの目当てはそのブランドのコーナーだった。一斉に走ってきてブランド商品をつかみ、四重五重の人垣ができた。両手を挙げこっちに投げて〜と叫ぶ人々。台が軋み壊れぬかと心配。鯉に餌をやるように商品を投げてしまった。遠くの気の弱そうな客に対しあげたかった。否何か自分が偉くなったような快感で売る側に立っていた。天井からの光景は呆れた嫌悪感に満ちた光景だったのだが、不思議な優越感がその場を支配していた。

テレビの投げられる食糧をみて複雑な気持ちになった。飢えた自分なら餌であろうとそれを今口にしているかもしれない。投げる行為も否定は出来ない。ハンバーグの空飛ぶ光景は喜劇なのか悲劇なのか。


彼岸花の球根は、飢饉の際などの非常食となるよう、処理の仕方で食用となるという。その毒性の下処理の仕方など知っている人間はどれだけいるのだろうか。

九月二十六日 [世界]

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アップルの製品を新しく購入した。送られてきたパッケージを開く。いつもながらの美しすぎる装幀のようなその包みに感動した。儀式のように背を伸ばして机の上でパッケージを開けていく。あまりにも繊細で潔いこの包み方に驚く。カウボーイの国のあのガサツさは何もない。
素敵な未来の国からのオモテナシのような、その包みの姿にただただ感動しながら中身を取り出した。精緻で緻密なそのパッケージの姿は、どこから生まれ、誰が考えたのか。
ただただ嬉しい時間だった。ものと情報が繋がる世界に、今、IoTという言葉があるそうだ。
Internet of Thing 「モノのインターネット」そんな世界に今やなったのか。

それはそれとして






       朱から赫 緋から紅へと曼珠沙華     無音











九月二十五日 [山]

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神奈川県秦野市蓑毛の棚田付近の彼岸花。なだらかなミカン畑と緩やかにカーブした道がどこか懐かしい。アキアカネの番いが稲の上を飛んでいた。
数年間使っていたガラ携に、SIMロックを解除してもらい再度使えるようにした。
世界中で今やスマホや携帯は生きるための必需品かしている。
アジアの島で縄文時代のような暮らしをされていた方もスマホや携帯は必須だと、人から聞いた。





       








           あの道を曲がって秋と出会う旅     ムオン









九月二十四日 [花]

数日前に神奈川県は大山の麓にあたる蓑毛の棚田を訪ねた。蓑毛の地名は、ヤマトタケル尊遠征の折に、この地でにわか雨に遭い、村の住人が蓑を尊に献上し、地名に「蓑毛」みのげという名を賜ったという由来があるそうだ。一面の稲の間に赤い彼岸花の群生。稲が黄金の色に変わると赤の輝きも一層映えるだろう。

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大正元年の今日、湘南大磯の千畳敷で俳句会が行われる。現在の湘南平山頂。
大正三年湘南大磯の千畳遊園地に東京神田小校の生徒1800名が訪れる予定が中止。天候による中止か不明。
昭和十年大磯将棋会が、料亭天よしにて開催。大磯将棋クラブ虎龍会。




     駒が飛ぶ千畳敷に秋の雲    むおん






九月二十三日 [光]

いつの頃からか光り物が好きだ。透明で冷たい光に色はない。クリスタルのような透き通る光を放つ、その光りそのもが好きなのかもしれない。寿司ネタの光り物は苦手です。しかしキビナゴの刺身だけは好き。酢味噌で春の香りを楽しんだ最初の出会いが良かったのでしょうか。秋刀魚は苦手、子供の頃の蕁麻疹発生がトラウマなのです。

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百均でも光り物を見ると買ってしまいます。光り物には金属の冷たさとガラスの冷たさの二種類がありますね。

     


           20億光年の翼を秋冷えの空に  ムオン











九月二十二日 [花]

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民主主義とう篝火もえて曼珠沙華 無音






今年は彼方此方で彼岸花を見かける。刈り込まれた草の上にすっくと立ち上がる彼等の姿は美しい。藪の中に埋もれ火のようにチラチラと燻るような曼珠沙華の花は哀しい。人の世も何か似た世界を限り無く感じる。







乱れ髪 かんざし墜ちて曼珠沙華 む お ん







九月二十一日 [花]

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彼岸花の群生、曼珠沙華の別称。この花のDNAを日本で調べ、その植物のルーツが西アジアのものと一致するという調査研究が進んでいるという。興味深い。




        曼珠沙華絹の道ゆく姫の影    ムオン








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