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8月31日 [花]

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何の花かわからない。
その名を知ってどうだというのか。
人が花を愛でるのはどうしてか。
花でなく実や葉や他の部分も、充分見事だ。
花屋はあるが、葉物屋や実物屋はない。
花が愛でられるのは、盛りのとき。
枯れた花や、蕾の硬いうちは、見向きもされない。

人は花に何を観るのか?


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8月30日 [かたち]

朝畳みの上に、黒い点。いつものハエトリグモと思い指先を近づけるが反応が無い。
アニメ風の谷のナウシカに登場した、オームの子供だ。3ミリほどの球体は、光るスチールグレーの蛇腹の鎧いに覆われている。アルマジロ、センザンコウ、ハリネズミ、団子虫。
これらの球体は、思わず脚で蹴りたくなる。そこから蹴鞠やサッカーが生まれた。
そんなことは無いだろうが、兎に角絶妙な構造だ。

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愛用の蛇腹のカメラを出してみる、凡そ80年以上前に折り畳まれた蛇腹が、亀の首の様に伸びる。
デジカメに比べ何故愛着がわくのだろう。手の中で同化する工芸品。
団子虫の構造と、蛇腹カメラの構造。
どちらも変身は、好きなく見事。

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団子虫の様な、沖縄のパナリ焼きの展示会の案内状をもらった。コロンと転がりだす様な円い壺。
千葉の山の中は、少し遠いのですが、、、、

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芝居小屋木札もらって秋の音 むおん

勝手に芝居小屋の入場木札と思っているが、幽霊屋敷の小屋か、サーカスの木札かも知れない。
大人とあるからには、小人の木札もあったのだろうか。渇いた高い音が木札を打つと響く。

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拍子木と木札打つ音秋の空 むおん



8月29日 [世界]

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アマゾンの本の読み放題サービスの、お試し版を一ヶ月ほど使用して気がついた。この町ではコンビニ以外本を買い、雑誌も買える場所が無いので、紙の本もアマゾンに注文している。近くの図書館には新刊本も揃うので、ネットで在庫を確認し利用している。一ヶ月で紙の本も、電子本も読むのは30冊位。

毎日一冊これは、多い方だろう。三ヶ月かけ一冊を読むこともあるが、面白い本は一晩で読む。内容の問題か、一晩で読む本は刺激はあるが後には残り難い。

アマゾンの読み放題から気づいた以下感想である。

1.本には紙の本と、電子の本の二種類がある。
2.紙の本はアトムで出来ており、その本自体の内容は更新されない。
電子の本は、何時でも内容の更新が出来て変わることができる。
3.本を買うには、書店やコンビニ、古書店か、ネットショップなど二種類の買い方。
4.本は有料か、無料のどちらか。高い骨董書籍や希少本、新刊やフリーペーパーや、カタログ、無料の電子書籍と価格の幅は広い。
5.本の著作権、販売権、もろもろ世界の国で法律は異なる。

自分の町で、書店が昨年無くなり、図書館かアマゾン、近隣の町の書店で買うことが、アマゾン使用率を高めることになった。アマゾンはネットで書き込まれた書評と、検索による本の補足が圧倒的に情報量が多く、明日には紙の本は届き、電子本はその場ですぐ買え、読めてしまう。

電子本は、画面で読むことで眼が疲れやすい。見出し程度の文字数と、ツイッター程度の文字情報しか自分ではこなせない。長文よりも、ダイジェスト版に移行するのが、世界の流れの様だ。引用を関連付ければ、並の本のページより莫大なものとなり、電子本はエッセンスか、莫大なページのデータの本の二面性を持つ。

読み放題は、検索方法が未熟なインターフェースを感じた。古典的な図書館の分類のが、全貌がつかめ選ぶ時間が短かい。アマゾンの読み放題から、価格別の読み放題を選ぶと、何が価値基準なのか滑稽な本達が並んだ。機械の認識作業で並ぶものなのか、日本の読者層への基準も毛頭見かけられない。

アマゾンがネットで注文が殺到し、アメリカで物流が捌ききれないことを乗り切り、日本でも欲しいものが明日に届くという、物流革命の人々の汗の世界。
映画や、音楽が無料で流れ、本も無料で読み放題の時代。
幸福と平和も、無料で大量に流れ込む世界を思ってしまった。

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アマゾンの読み放題の現在、出版社との調整や、著作権からか、無料化の壁は高く難航している様です。
映画も音楽の無料化も難航度が高かったのでしょうが、世界は無料のシェアー社会に向かうのでしょうか。未来は衣食住タダで支給され、働くことが人間には不要の世界が来るというのですが。

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アマゾンの源流で五輪知らぬ民の夏 むおん


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ただほど怖きものなしと八朔の日 むおん


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8月28日 [俳句]

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ひまわりのお天道様と語る色   むおん

昨夜も夢を観た。トイレに真夜中に起きて、その後また夢の続きを見た。頭の中は、先程まで夢見ていたのを憶えているのか。再び夢の続きを観れる。

夢の内容は、エレベーターの登場が此処1年くらい多い。其れも五、六階の小さなビルの古びたエレベーターの登場だ。一階に降りようと乗ってから間違えて二階か三階のボタンを押してしまう。開いたドアーの先の廊下からの階段は下に向かい螺旋状の暗い階段で怖くなる。いつも出口まで出られないような迷路のような夢だ。夢の中の時間帯は夕暮れから夜にかけての暗闇が主役。すれ違う人影も誰かはっきりしない。何か不安に満ちた夢。
上昇するエレベーターの夢でなく、一階の出口を求める夢は何を象徴するのか。乗り物を乗り継ぎ焦りながら何処かへ向かう夢もよく見る。夢判断は好まないが、何か脳の中では何かに繋がる仕事をしているのだろう。

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何か潜在的に気になることがあると、脳も其れを探し出す作業をするのだろうか。家の窓の設計が気になったとき、街を歩くと窓だけが眼の中に飛び込んできた。窓以外が消えて、眼の中に窓の形や、色や、材質や、コストや、歴史や、様々な窓が飛び込んでくる。窓は一体何のためにあるのだろう。窓の内側と外は何故あるのか。
絵の額縁は何故四角なんだろうかと。
気になることは連鎖する。

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朝のテレビで永六輔さんと大橋巨泉さんの対談模様が映し出されていた。
何故永さんか。
永という文字をじつと見つめる。


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一枚の色紙を揮毫した人の永というサインと六輔の朱印、いつ頃書かれたものだろうか。談志師匠が団子屋の娘と呼んだ人の話。一皿の団子。
六輔氏は団子も、花も、好きだったんだろう。色紙を眺め想いが広がる。
満開の桜吹雪が河にちる光景を思い浮かべ、ラジオ局で色紙に書いた俳人。
葉桜の頃、言問団子の店先で色紙に書いた俳人の姿。どちらも似合う気がする。どちらも違うかもしれない光景。
俳句は作者を離れ、詠む人の世界を豊かにしてくれる。

皿の上の団子は誰が召し上がったのか。皿の上の都鳥だけが知っている。



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気になることは飛び混んできます。
スマホの雑誌から言問団子の紹介が
目に入って来ました。
団子虫のムシの知らせでしようか

    今朝の虫野分の風の音に乗り  むおん



8月27日 [俳句]

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京都は都踊りの有名な団子皿。皿の絵柄が団子だとずつと思っていたのだが、提灯の並ぶ姿と、最近知った。舞台に一直線に並ぶ提灯は確かに花がある。団子の絵皿に団子を載せたら、しつこ過ぎるのもいいとこだろう。

東京の下町、言問橋の言問団子も有名だ。都鳥の描かれた絵皿に三色の団子が並ぶ。串に刺されていない団子は、昔は四つあつたという。通貨が円になった頃から三個になつたという。

この言問団子を詠んだ句に

  約束の言問団子さくら散る   高際君子

という、句がある。約束は誰として、団子を食べたのだろうか。
類句で、以下の句がある。

  一皿の言問団子花が散る     詠人有名人

一皿の団子を、二人で何故か食べている光景が浮かぶ。3個の団子は仲良く半分に分けたのか。一皿の団子を花見時食べる人達は、さまざまな人生を、花を観て想うのだろう。芭蕉翁の句の、さまざまな事思い出す櫻かな のように。

桜が散り、花が散る。花は人の心に散り、桜は人の今に散る。

団子皿の団子の絵の思いは、今も提灯ではなく自分には、団子だ。
ふたつの言問団子の句も、何故か惹かれるだけでそれ以上のことは、皆目わからない。いつか句をよんだときの真相を知ることが出来るかもしれない。

       雨滴が団子のように夏を駆け下りる    むおん


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8月26日 [かたち]

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無用の用というものだろうか
三味線の撥か


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三味線を弾くには必要なもの
弾かねば、ただのモノ


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美しい曲線は、用の美か
象牙ではない樹脂だろう


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素材が透けて見える先端の光のボケ具合は最高だ



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ただそこに在るだけで
何故か心が豊かになる

最近機械は心を持たない
という本を読んだ
人も本来心の存在はないというのが
その本にあった
時間も流れているのでなく、今の瞬間しかないという。


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  寝返りを三回の背に秋の風   無音



8月25日 [俳句]

芸人と俳人  という又吉直樹さんと、堀本裕樹さんの新潮社刊の本を読んでいる。
鎌倉の吟行で、又吉さんが詠んだ句

蟻進み参拝後だと悟りけり

が、気になった。俳人の堀本さんは、この句を推敲して

参拝を終へたる蟻かすれ違ふ


とした。鎌倉の寺の苔むした石段で参拝の為、寺へと向かう作者、足元の蟻の向かうのは、寺から反対方向。蟻を擬人化して参拝した人と見立てた。
命あるもののすれ違いの瞬間。

遂行された、すれ違ふという、下句が好きだ。


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本のタイトルの、芸人と俳人という、言葉も興味深い。芸人の仲間に、俳優という言葉がある。俳優の俳は、俳人の俳と同じ。俳とは、人に非ずと書く。俳句は俳諧といった時代があった。俳諧の連歌というものもある。

連歌とは何か、短歌とは何か、長歌とは何か。歴史を遡り、人が唄を求めた頃を想う。


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新聞で、赤と緑の話を読んだ。この2色は極めて近い色なのだそうだ。植物の緑の元になっている葉緑素と、動物の血液の色素のヘムは、化学構造はそつくり、中心のマグネシウムか、鉄かというちがいだけ。

物理学的に、葉から反射される光と、血から反射される光は極めて似る。

犬や猫は、赤と緑を識別出来ないが、人間や霊長類は、識別出来るという。
其れは森の中で赤く色づいた木の実を識別したり、お互いの顔色の微妙な変化も読むことが重要になつたからだという。

赤と緑、不思議な関係だ。福岡伸一 生物学者の動的平衡から



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植物の緑の秘密と、動物の血縁の赤、
何か神秘を感じます。


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  唇の上は紅下は満綠    ムオン



8月24日 [願い]

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最近亡くなられた、むのたけじさんの、以下素敵な言葉たちです。


今年5月3日の憲法集会での最後のスピーチ「日本国憲法があったおかげで戦後71年間、日本人は1人も戦死せず、相手も戦死させなかった」
どうしても言っておかなければならない体験を話します。太平洋戦争が1941年12月に始まり、私は従軍のために日本を発ち、翌年ジャワに上陸した。途中で立ち寄った台湾で、日本軍が作った「ジャワ軍政要綱」という一冊の本を見た。日本がジャワをどのように統治するかというタイムスケジュールが細かく書かれていた。ほぼその通りに事態は進んだ。その要綱の奥付に「昭和15年5月印刷」の文字があった。太平洋戦争開戦より約1年半も前だった。つまり、国民が知らないうちに戦争は準備されていたということです。

◆むのたけじさん死去 101歳のジャーナリスト
(2016年8月21日 朝日新聞)から抜粋
  朝日新聞記者時代に終戦を迎え、「負け戦を勝ち戦のように報じて国民を裏切ったけじめをつける」と終戦の日に退社した。ふるさとの秋田県に戻り、横手市で週刊新聞「たいまつ」を創刊。1978年に780号で休刊してからは、著作や講演活動を通じて平和への信念を貫き通した。

 100歳になった昨年は戦後70年で「歴史の引き継ぎのタイムリミット」といい、講演で各地を飛び回った。今年5月3日に東京都江東区の東京臨海広域防災公園で行われた「憲法集会」でのスピーチで「日本国憲法があったおかげで戦後71年間、日本人は1人も戦死せず、相手も戦死させなかった」と語ったのが、公の場での最後の訴えとなった。

 太平洋戦争が1941年12月に始まりましたね。それからまもなく、私は従軍のために日本を発ち、翌年3月1日にジャワに上陸した。途中で立ち寄った台湾で、日本軍が作った「ジャワ軍政要綱」という一冊の本を見ました。入手方法は秘密ですが、日本がジャワをどのように統治するかというタイムスケジュールが細かく書かれていた。私がいたそれから半年間、ほぼその通りに事態は進んだ。

 その要綱の奥付に「昭和15年5月印刷」の文字があった。ジャワ上陸より2年近く、太平洋戦争開戦より約1年半も前だったんです。つまり、国民が知らないうちに戦争は準備されていたということです。

 もしもこの事実を開戦前に知って報道したら、国民は大騒ぎをして戦争はしなかったかも知れない。そうなれば何百万人も死なせる悲劇を止めることができた。その代わりに新聞社は潰され、報道関係者は全員、国家に対する反逆者として銃殺されたでしょう。

 国民を守った報道が国家からは大罪人とされる矛盾です。そこをどう捉えればいいのか。それが根本の問題でしょう。高市早苗総務相の「公平な放送」がされない場合は、電波を止めるという発言を聞いてそう思ったのです。公平とは何か。要綱を書くことは偏った報道になるのか。それをだれが決めるのか。

 報道は、国家のためにあるわけではなく、生きている人間のためにあるんです。つまり、国民の知る権利に応え、真実はこうだぞと伝えるわけだ。公平か否かを判断するのは、それを読んだり見たりした国民です。ひどい報道があったら抗議をすればよい。総務大臣が決めることじゃないんだ。そんなのは言論弾圧なんだ。

 報道機関は、自分たちの後ろに国民がいることをもう一度認識することです。戦時中はそのことを忘れておったな。いい新聞を作り、いい放送をすれば国民は応援してくれる。それを忘れて萎縮していた。

 戦争中、憲兵隊などが直接報道機関に来て、目に見えるような圧迫を加えたわけではないんです。報道機関自らが検閲部門を作り、ちょっとした軍部の動きをみて自己規制したんだ。今のニュースキャスター交代騒動を見ていて、私はそんなことを思い出した。報道機関側がここで屈しては国民への裏切りになります。

 「国境なき記者団」による報道の自由度ランキングが、安倍政権になってから世界61位まで下がった。誠に恥ずかしいことで、憂うべきことです。報道機関の踏ん張りどころです。(聞き手・木瀬公二)

◆むのさん、反戦への思い貫く 憲法改正派にも耳傾ける
(2016年8月21日 朝日新聞)

 むのたけじさんは、終戦の日の8月15日を特別な日と考えていなかった。「何かの記念日を定めても社会は変わらない。365日の生活の中で考え続けないといけない」。その日行われる黙禱(もくとう)にも反対で、「黙っていても何も変わらない。声を張り上げよう」と訴えた。

 朝日新聞記者時代は中国やインドネシアなどに従軍。普通の人々が、相手を殺さないと殺される現場を取材し続けた。その戦争を「臣民」の名で「やらされた」人ばかりで、「やった」人がいないことが戦争責任をあいまいにし、今も近隣諸国と緊張関係が続く原因だと指摘した。

 終戦直前、3歳の長女が疫痢で死去。戦時下のため薬の入手が困難で、病状が悪化した日、出征する医師の壮行会で地域の医師全員が留守だったことなどが重なって助けられなかったことが、反戦活動を続ける原動力になった。

 徹底して憲法改正反対を訴える一方、「憲法を変えようとする人と、変えまいとする人がいるのが普通で、それが正常なんだ」とも言い、改正派の意見にも耳を傾けた。

 ジャーナリストであることの根底には、幼い頃に見た懸命に働いても貧しかった実家と、何もせずに豊かに暮らす旦那衆の姿があった。「不当に貧しい者がなぜ存在するのか。不当に富んでいる者がなぜ威張り続けるのか。これを変えない限り人間全体が大きく呼吸をすることは望めない」。常に弱者の立場に立った発言を続けた。

戦争責任より、戦後責任が私たちにはあります。しっかりと明日へ伝えます。むのさんの御冥福を祈ります。

8月23日 [祭]

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ブラジルのオリンピック大会が終わった。祭りのあとの、静けさと、一部熱狂した世界の人々の余韻が残っている。都市同士が争い、その束の間の休戦協定から五輪大会は生まれたという。自分も熱狂した一人だが、世界では熱狂の別世界にいる人達の数のが多いのではないか。空席も目立ったという競技の会場、スマホやテレビ、ラジオの観戦者は、結構多かったのではないか。中継のカメラの映像技術は素晴らしい。超現実的な夢の世界のようだった。その夢もマリオに扮し地球の裏側から現れた某国の首相の顔で興ざめした。都市の代表でなく、その国家が次は仕切る大会なのか。スポーツマンと政治家何か別世界の人の気がする。
メダルの数を競って、自分が取ったかのように発信するマスコミのしつこさ。見なければいいのに、これらを見続けた自分が悪いのだろうか。
祭りにも心洗われる祭りと、経済第一主義の祭りの二つの側面がある。
原点に帰り、祭りが果たすべき役割を、何に求めるのがいいか深く考えたい。
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岡本太郎は言った。駆けっこで一番になるよりも、ビリでも一生懸命走ったその力こそが本当の一番だと。
世界には、様々な暮らしがあり、その中で一番を目指す人がいる。
一つの競技で順位付けもいいが、そうなったら私は、100メートル競争で、7805967位くらいです。
次のオリンピック、世界中の人が同じ時間に100メートル競争のタイムを競う。画面に、貴方は世界第何位ですと表示される。そんな世界があるかもしれない。でも大丈夫です。多様性の世界では、貴方の順位が高いものが見つかるはずです。

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早食い選手権、居眠り最長選手権、駄洒落選手権、などなど多様。
スポーツの語源は、暇という言葉から、身体を使うスポーツと、頭を使うスクールという二つの流れに別れたそうです。
頭脳のオリンピックは、何なのでしようね。

8月22日 [音]

香りに音色があるのだろうか。
友人が本の朗読ソフトの聴き放題を試しているというが、本は読み放題が好き。
本は見るもの、聞くものでは無いと思う。
然し、音読や、黙読というのもアリか。
香りに色を感じ、音を感じることもありなのか。

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じんじゃあの白きかをりや秋近し むおん













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ひっそりと朱夏に茶漬けとしろき花 むおん







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