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8月06日 [風]

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暑中お見舞い申し上げます


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明治43年(1910)頃、湘南大磯では貸し間大流行。旅館より自由度が高い町民による、貸し間業者が増加。現代の ABandBの先駆けか。

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散歩の途中で、サワガニに出会う。青い甲羅は涼しげ、象牙色した白いハサミや、体の部分は柔らかそうで儚げに見える。水の中がカニにはよく似合う。

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アブラゼミの羽を拾い上げた。手元で見ると神の造形の見事さがわかる。
71年前の広島の夏の空を、飛ぶアブラゼミの姿を思った。多くの命が一瞬で焼き殺され
その後後遺症で苦しんだ命のあることを思う。
ポケモンよ、世界に平和とはいかに尊いかを伝えておくれ。
人や生き物たちを元気にさせる力があるのだから。
地球の反対側は真冬、五輪大会という平和の祭典が、始まる。
富める者も、貧しき者も、心豊かなる者も、心貧しきものも、すべての人々と、生き物たちに幸あるスタートの祭典であることを願う。


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湘南大磯町の西小磯地区の七夕祭り、旧暦七月七日の前日、道祖神信仰の深い農村に根を下ろした行事。子供達が自主的に運営、この日竹を集め、里芋の葉の露を集め墨で願い事の文字を五色の短冊に書き吊るす。飾りのついた竹を持ち歩き氏神様に詣でる。竹飾りを地面に数回お祓いする所作を繰り返し、夕方竹を束ねて舟の形に作り、七日の朝に浜に出て沖に舟を流す。
流された舟は、隣町の平塚の漁師達が拾い、釣竿にして魚を獲るとよく釣れると、竹を奪い合ったという。西小磯地区は大磯の西側の字で、柳田國男がこの地域が柳田家のルーツではと、故郷70年で書いていたことを思い出した。この行事は大磯下町の正月行事の左義長とセットの祭りのような気がする。子供達が主役で、道祖神を中心に、大人になるための役割を学ぶ行事として。

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明治43年大磯署管内の虎眼患者一万人以上になる。虎眼はトラホームか?最近は聞かないが衛生観念が発達したためか。

十月四日 [風]

image.jpeg扇風機の季節は終わったのか。残暑がまだまだ日中はありますね。夜は小寒くなりました。



     銀の風秋のしじまに唯ひとつ  無音









七月一日 [風]

小田原の街で、あちらこちらに架かる風鈴を見た。城下町の小田原では武具を作る職人技が、武具の時代から、風鈴へと姿を変え生き残っているのだろう。映画「あかひげ」で一斉に鳴り、一斉に止まる風鈴のシーンを見せた小道具の風鈴は、この街で作られた風鈴だという。姫路の新幹線のホームで、昔風鈴の音を聞いた。甲冑職人の仕事が火箸につながり、その火箸が4本下がった風鈴の音色だった。どちらも風の吹いた日の音色だったのだろう。

建物がひしめき合い、狭い空間に暮らす現代では、音がストレスになる。ビル風の音、風鈴の音、車の騒音、カラスの群れの声。

水を打った道路に、一瞬の風が吹き、音色が静かに広がる世界。そんな街に住みたい。

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平成12年(2000年)の今日、大磯温泉が、大磯プリンスホテルにて開業。町が入湯税新設。
昭和3年 狂犬病予防週間で、大磯の野犬買い上げ数40頭。いくらで買い上げられたのか。野犬たちを確保したのは、犬殺しと呼ばれた人たちか。自転者の後ろに木のリンゴ箱を乗せ、長い竿の先に針金の輪をつけた捕獲器を携えた男たちの姿を、子供の頃見た。

 最近MOTOKIさんという日本女性が撮った、『NORA』というインドとタイで撮った写真集が印象に残った。旅人も町の人も見過ごしている、野犬たちの生き方に、人々の悲しみや、喜び、生きる力を重ねて視たという。インドの路上か、雨の中雨宿りする裸足の男の足元のトタン板の下に丸くなり濡れた耳を傾け、カメラを見つめる野犬の眼が鋭い。

風鈴は、古くは銅鐸同様、未来と今を占う道具だったことを思い出した。

四月十九日 [風]

平成27年4月18日の昨日、和室の廊下側に竹の簾をかけた。新緑の木陰の揺らぎが、竹の簾の波打つ線の向こうに、初夏の光景を描いてくれた。

簾ごし日傘が通る風もいく ムオン

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昭和8年高浜虚子、湘南大磯の一本松の秀山荘を訪ねる。秀山荘は初代中村吉右衛門の建てた別荘で、近くに親友の安田靫彦画伯の家もあり、今も一本松稲荷のあたりは閑静な住宅街となっている。安田画伯の設計で秀山荘の庭は、若松の数本が景色をなす日本画の世界のような庭であったという。

春雨に濡れて迎へぬ吉右衛門   虚子


四月五日 [風]

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水面に、風がふき、漣が立ち、花吹雪が舞う空。画像は三月三十一日の、不忍池の堤にて。
今朝は葉桜となった木々も多いだろう。

一月二十七日 [風]

昭和27年1月27日の横浜新報の記事から。箱根ー川崎間の第二回自転車駅伝大会開催。銀輪100キロを走破する。第一回は戦後間もなく開催されたのだろうか。箱根駅伝との対比が興味深いが何回くらい続いたのだろうか。
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ただいま、クロード・レヴィ=ストノースの「月の裏側」日本文化への視角を読書中。
自らの根源を忘れてしまうこと。自らの増殖で破滅してしまうこと。この二つが人類を脅かす二つの禍だと言ってます。我は何処から来て、何処へ行くのか。

一月八日 [風]

一月八日の朝、黒い建具の表面に光の水玉が踊る。
刻々と水玉は大きさを変え、黒い紙の上に点滅する。
強い光、柔らかな光、か細き光の玉が入り乱れている。
その光の群れも、数分もしないうちに漆喰壁の白い壁面に移動していく。
木漏れ日からの水玉なのだが、この季節、儚く水玉の共演を見る時間がいとおしく感じられる。暮れから乾燥して紫の濃さを保つ野草と、枯葉の活けられたものの影がわずかに水玉を刺すように映っている。
冬の日の一瞬の情熱のような一齣。
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この町の鴫立川という川の畔に、鴫立庵という和歌と俳句で有名な草庵がある。この庵を西行法師のゆかりの地として開いた、大淀三千風という俳人が宝永四年の今日、故郷三重の地で没したという。1707年今から300年ほどの昔のこと。三千風は一昼夜で、三千の句を吟じたことからの俳号という。後に井原西鶴がこれを超え四千を超える句を吟じたという。二人とも己の頭の中の情報の全てを吐き出し句を並べたのだろうか。仙台に三千風が居を構えた頃、芭蕉が彼を訪ねたが、すでに仙台を離れて三千風に会えなかったという。言の葉という光の水玉を実らせた巨木の姿に、一粒づつの水玉が一句の輝きのように見えてきた真冬の朝でした。

蓮華微笑 [風]

蓮華微笑

ふっと 浮かんだ言葉 先日のテレビでオノマトペに関して興味深い内容の番組があった

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シーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン



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ザワッーーー ズワッーーーーーーーーー



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ス〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 ス〜〜〜



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ボコッ



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ピ^^^^^^ ピ~~~~~~~~~~~~~~~~~ ピャーーーーーーーーーーーーーーーー



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ストストスストストス〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



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カシャッ ズシャッ ドシャッ



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ペタペタペタペタ ペッタ ペタペタ ペ



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ズーーーーーム  ズーーーーーーーーーーーーーーーーーン ズズッズズズズッズ



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ファーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーム



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ブズビバブブビバ プッ プッ プ



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ピタ ピタ ピタッ ピタ ピタ ピタリ



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かんなかんなかんなかんなかんなかんなかんなかんなかんなかんなかんなかんな



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ビビビワワワビーーーーーーーーーーワーーーー ビワ ワビ 


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シーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン

朝顔がひっそり咲いていました 浴衣の少女を連想する姿でした
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