So-net無料ブログ作成

1974 [人]

R0012633.jpg
1974年8月30日正午過ぎ 東京丸の内にある三菱重工ビルが爆破され8名の死者と多くの負傷者が出た。あのとき出張先の関西から従姉妹が勤める丸の内のビルに安否確認の電話をした事を覚えている。従姉妹は無事だった。あの日から38年の歳月が流れた。今年東京駅も三階建てのかっての姿を取り戻している。
R0012453.jpg
福島の無人の町に散る桜      将司  2011
流されてまた流さるる彼岸かな   将司  2011
風評といふ差別負ふ胡瓜食ふ    将司  2011
R0012088.jpg
面壁も二十二年の彼岸かな     将司  1997
年経てもなお生きぬかん寒の獄   将司  1997
生かされて四十九年の薄暑かな   将司  1997
R0012142.jpg
まなぶたに危めし人や稲光り    将司  2009
血の管のよくぞながらふ今朝の冬  将司  2009
刑死者の服を纏ひし寒き春     将司  2007

上記の句の作者は、大道寺将司死刑囚。
三菱重工爆破事件他の首謀者として、獄内から獄外の世界を思い、見続けているという。辺見庸氏は、彼に出会い、彼に書く事を願ったという。
彼の第三句集であり全句集である「棺一基」が2012年4月太田出版より発行された。序文より「十七文字において、かれは塗炭の苦しみをなめつづけ、十七文字においてのみかれは、極限の個として、ひとしれずやっと自由なのだ。供述調書より起訴状より、判決文より、較べるもおろか、句群にこそ彼の心情は巧まず塗りこまれている。」

棺一基四顧茫々と霞みけり

書名候補の第一番目に、著者自身から提出された三文字が、上記の句の上の句からとられたものだそうだ。2007年にも人が絞首刑にされた。そのひとは俳人が運動場などでたまさか見かけた人物だったのだろう。俳人が来ていた死者のジャージとは、処刑されたそのひとの遺品だったという。
R0012637.jpg
大道寺将司は1948年6月5日生まれ。テロリスト。東アジア反日武装戦線のメンバーで、“狼”部隊のリーダー格の人物。北海道釧路市出身。北海道釧路湖陵高等学校を卒業後、法政大学中退。
団塊の世代の彼の生涯を思い、時代の重みを痛切に感じています。あの頃から終わっていないものが多くありすぎる事を。人間てなんなんだろう。

nice!(23)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 23

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0